事業承継税制の「特例措置」とは?非上場株式の贈与税・相続税の納税猶予について税理士が解説!
たくさんの人気男性アイドルを輩出した某芸能事務所のスキャンダル事件、後継者である代表者が代表取締役を退任できない理由は、事業承継税制の特例措置の適用を受けているからだと噂になりました。
事業承継税制の特例措置の正式名称は、「非上場株式等の納税猶予または免除の特例(特例措置)」といいます。
事業承継税制の特例措置は、租税特別措置法の70条の7の5から70条の7の8までに規定されており、その制度内容や各種手続きは、とても複雑です。
事業承継税制の特例措置を一言でいうと
「自分の会社の株式を後継者に贈与税(又は相続税)がかからずに、移転できる制度」
という事になり、その節税効果は相当に大きいものがあります。
ただし、その節税効果が大きい分だけ適用の要件や贈与(又は相続)した後の手続きが厳しく複雑にできています。
この未上場株式の納税猶予の特例について、「特例措置」ではなく、「一般措置」は以前からもありましたが、5年平均で雇用の8割を維持することや特例の対象となる株式も
議決権総数の2/3までと制限が厳しく使い勝手が悪かったのです。
ただ、昨今の日本の産業の高齢化や後継者不在問題を受けて、少しでも事業承継がしやすいように平成30年1月1日から令和9年12月31日までの10年の時限措置として「特例措置」が制度化されました。
良い会社には存続してもらわなくては困るというのが国の本音のようです。
「特例措置」が適用できるのは、令和9年12月31日までの贈与又は相続とされています。ただ、その前段階の手続きとして都道府県へ「特例承継計画」を令和8年3月31日までに提出する必要があります。残された時間は、あと少ししかありません。
今回は、この「未上場株式等の納税猶予または免除の特例」の「特例措置」について、
一般的に想定される先代経営者から後継者へ株式を「贈与」し、その後先代経営者に「相続」が発生した後の手続きについて解説したいと思います。
0.前提と経緯
- 法人名 株式会社サリーズ事務所
- 売上高 10億円
- 従業員数 80人
- 株主構成 先代経営者サリー北山が全株保有
- 後継者 マリー山本(サリー北山の長女)
- 株式の相続税評価額 5億円
先代経営者のサリー北山が令和4年4月1日に後継者のマリー山本に「未上場株式等の納税猶予または免除の特例」を利用して全株を贈与した。
その後、後継者であるマリー山本が株式会社サリーズ事務所の経営を行っていたところ、
令和6年11月1日に先代経営者であるサリー北山に相続が発生した。
1.先代経営者から後継者への「贈与」の手続き
まず事業承継税制について、どのような会社でも適用が受けられるかというと
そんな事はありません。
先代経営者や後継者にも要件がありますので、主な要件を記載します。
1-1.事業承継税制の主な要件
(1) 会社の要件
- 非上場会社であること
- 中小企業であること
- 資産管理会社、風俗営業会社、医療法人に該当しないこと
- 常時使用従業員が1人以上であること
- 総収入金額がゼロでないこと
(2) 先代経営者の要件
- 過去に会社の代表権を有していたこと
- 贈与時に会社の代表権を有していないこと
- 贈与の直前に先代経営者とその同族関係者で50%超の議決権を有していたこと
- 先代経営者の議決権が後継者を除いた同族株主の中でもっとも多いこと
(3) 後継者の要件
- 贈与の時において、会社の代表件を有していること
- 18歳以上であること(令和4年3月31日以前の贈与は20歳以上)
- 贈与の直前において役員であること(令和7年度税制改正で改正された)
- 贈与の後において後継者と同族関係者で50%超の議決権数となること
- 後継者の議決権が同族関係者の中でもっとも多くなること
1-2.「特例承継計画」の作成 (都道府県への手続き)
特定措置を利用するためには、令和8年3月31日までに「特例承継計画」を作成し、都道府県庁に提出する必要があります。
この特例承継計画には、「認定支援機関」の所見の記載が必要になります。
認定支援期間とは、一定の基準を満たして国に登録している税理士、中小企業診断士、金融機関などのことです。
特例承継計画の作成自体は、そこまで複雑なものではありません。
後継者が株式を取得した後の5年間(※事業承継のモニタリング期間)について、具体的な事業承継の計画を記載するものです。
また、株式の贈与を行う予定の日も記載する必要があります。
こちらが記載例(サービス業)となります。

1-3.贈与の実行
特例承継計画の確認を受けて、贈与税の納税猶予を受けるためには、令和9年12月31日までに、自社株の「贈与」を実行する必要があります。
相続が発生した場合でも適用を受けることはできますが、人はいつ亡くなるかわかりません。相続で計画するのは難しいです。
贈与を実行したら贈与した年の10月15日から翌年1月15日までの間に、贈与税の納税猶予の「認定申請書」を都道府県庁に提出します。
今回の事例では、令和4年4月1日に贈与を行ったため、令和4年10月15日から令和5年1月15日までの間に都道府県庁に「認定申請書」を提出します。
所定の要件を満たして認定申請が承認された場合は、通常2か月以内に都道府県知事の「認定書」が交付されます。
1-4.贈与税の申告 (税務署への手続き)
贈与を実行したら、事業承継税制の特例措置を受ける旨を記載した贈与税の申告書を、後継者の住所地を所轄する税務署に提出します。
その期限は贈与をした年の翌年3月15日までです。
事例では令和4年4月1日に贈与を行ったため、令和5年3月15日までに贈与税の申告書を提出する必要があります。
この贈与税申告には、上記の認定書などの各種の添付資料が必要となるため、
「特例措置の提出書類チェックシート」で確認しましょう。
(特例措置)の適用要件チェックシート

また、贈与税の申告期限までに、納税猶予額に相当する「担保の提供」をする必要があります。
担保として提供できるのは、不動産などでも可となりますが、後継者が対象株式の全部を担保提供した場合には、納税猶予額に満たないときであっても、納税猶予額に相当する担保提供があったものとみなされます。
これを「みなす充足」と言います。
また、会社が「株券発行会社」か「株券不発行会社」により、担保提供の手続きが異なります。
「株券不発行会社」の場合は、「株券不発行会社に係る未上場株式に質権を設定することについての承諾書」等を税務署に提出することで完了しますが、「株券発行会社」の場合は、株券を法務局に提出するなど手続きが複雑で時間がかかるため注意が必要です。
2.先代経営者から後継者へ「贈与」した後の流れ
先代経営者から後継者への株の贈与が行われた後の5年間が「経営承継期間」となり、事業承継のモニタリング期間となり、毎年、都道府県庁には「年次報告書」を提出し、税務署へは「継続届出書」を提出する必要があります。
本事例は、令和5年3月15日が贈与税の申告期限のため、令和5年3月16日から令和10年3月15日が「経営承継期間」となります。
また、贈与税の申告期限の翌日から1年を経過する日を「第一種(贈与)基準日」といい、この日から3か月以内に都道府県庁に「年次報告書」を提出し、5か月以内に税務署に「継続届出書」を提出しなければなりません。
5年経過後については、「年次報告書」の提出はなくなり、3年ごとに税務署へ「継続届出書」を提出する流れとなります。
令和4年の贈与の場合のサイクルは次の通りとなります。
・令和4年中の贈与の場合(例)
年次報告書の提出期限 | 継続届出書の提出期限 |
---|---|
令和6年6月15日(1回目) | 令和6年8月15日(1回目) |
令和7年6月15日(2回目) | 令和7年8月15日(2回目) |
令和8年6月15日(3回目) | 令和8年8月15日(3回目) |
令和9年6月15日(4回目) | 令和9年8月15日(4回目) |
令和10年6月15日(5回目) | 令和10年8月15日(5回目) |
・経営承継期間(5年)経過後
年次報告書の提出期限 | 継続届出書の提出期限 |
---|---|
提出はなし | 令和13年6月15日(6回目) |
令和16年6月15日(7回目) | |
令和19年6月15日(8回目) | |
以後3年ごとに提出 |
本事例は、令和4年の贈与のため、令和5年3月15日が贈与税の申告期限となり、その翌日から1年を経過する日の令和6年3月15日が「第一種(贈与)基準日」となります。
そして、この日から3か月以内の令和6年6月15日までに都道府県庁に「年次報告書」を提出し、5か月以内の令和6年8月15日までに税務署に「継続届出書」を提出する
必要があります。
2-1.年次報告とは (都道府県への手続き)
「年次報告」とは、贈与税(相続税)の納税猶予について、認定の取り消し事由に該当しないことを都道府県庁に毎年報告するもので、経営承継期間である5年間は毎年提出します。
経営承継期間経過後は、年次報告書の提出は不要となります。
事業承継税制は、あくまで会社の存続・従業員を含めた産業の維持を目的に税金を猶予してもらう制度です。
そのため、次のような事由が生じた場合には、認定の取り消し事由に該当し、猶予されていた贈与税(相続税)を利子税と一緒に納付しなければなりません。
- 後継者が代表者を退任した場合
- 株式を譲渡(M&A)した場合
- 解散した場合
- 年次報告書の未提出など手続きを失念した場合
- その他一定の事由
認定の取消事由について詳しく知りたい方はこちらを確認ください。
□認定の取消事由について(中小企業庁)

なお年次報告書を提出して、取消事由に該当しないことが確認された場合には、都道府県庁から「確認書」が交付されます。
2-2.継続届出書とは (税務署への手続き)
「継続届出書」とは、贈与税(相続税)の納税猶予を引き続き受ける旨や会社の経営に関する事項を記載した届出書で、第一種贈与基準日から5年間は毎年、5年経過後は3年ごとに後継者(受贈者)の納税地の所轄税務署へ提出する必要があります。
3.先代経営者に「相続」が発生したときの切替確認(都道府県への手続き)
ここでは経営承継期間中に先代経営者(贈与者)に相続が発生した場合の手続きや流れについて、解説します。
一般的な考え方は、先代経営者(贈与者)の死亡により、贈与された株式は相続により取得したものとみなされ(「みなし相続」と言います。)猶予されていた贈与税は免除され、相続税の納税猶予へと移行します。
このため相続が発生した日から8か月以内に都道府県へ切替確認申請を行う必要があります。
申請の結果、問題がなければ都道府県庁から「確認書」が交付されます。
4.先代経営者の相続税申告について(税務署への手続き)
ここでは先代経営者(贈与者)に相続が発生した場合の相続税申告について解説します。
相続税の申告期限は、相続開始があったことを知った日から10か月以内です。
相続税の納税猶予を受けるためには、その10か月以内に次の4つの手続きが必要です。
- 相続税申告書の提出
- 「非上場株式等について贈与税・相続税の納税猶予の免除届出書(死亡免除)(特例措置)」の提出
- 特例贈与者が死亡した場合の非上場株式等についての相続税の納税猶予の報告書(特例措置)」の提出」(一定の場合による)
- 新たな担保の提供の手続き
以下、それぞれ解説します。
4-1.相続税申告書の提出
先代経営者(贈与者)が死亡した場合に記載する表は、「第8の2の2表」及び「第8の2の2表の付表2」となります。
この相続税申告では、先代経営者(贈与者)の遺産に贈与した株式の価額(贈与時の価額)を加算して、納税猶予される税額と納付する税額を計算します。
相続税申告書にこれらの表の記載がない場合は、相続税の納税猶予を受けることができないので、注意が必要です。
こちらもチェックシートがありますので、各種要件を確認して申告しましょう。
(特例措置)の適用要件チェックシート

4-2.死亡免除届出書の提出
先代経営者(贈与者)の相続発生により、猶予されていた贈与税を免除してもらうためには、「非上場株式等について贈与税・相続税の納税猶予の免除届出書(死亡免除)(特例措置)」の提出が必要です。
こちらは後継者の住所地の所轄税務署へ提出します。
先代経営者(贈与者)の住所地の所轄税務署ではないので注意が必要です。
(死亡免除)(特例措置)

4-3.相続税の納税猶予の報告書の提出
先代経営者(贈与者)の相続開始の日から相続税の申告期限までの間に「第一種基準日から5か月(一定の場合は3か月)を経過する日」が到来する場合には、「特例贈与者が死亡した場合の非上場株式等についての相続税の納税猶予の報告書(特例措置)」を相続税申告書と一緒に提出する必要があります。
本事例では、令和6年11月1日に先代経営者(贈与者)が死亡したため、相続税の申告期限は、令和7年9月1日となり、この間に令和7年8月15日が到来することから、この報告書を相続税申告書と一緒に提出する必要があります。
納税猶予の報告書(特例措置)

4-4.担保の提供
贈与の時に提供した担保については、先代経営者(贈与者)の死亡により、返還されます。
相続税の納税猶予を受けるためには、再び担保の提供が必要になります。
その方法については、上記1-4と同じです。
以上、この4つを相続税の申告期限である10か月以内に行う必要があります。
実際は、税理士と一緒に行うことになると思いますが、それぞれの期限に留意し、記載内容などに誤りや漏れがないよう、細心の注意が必要です。
5.先代経営者の相続税申告が完了した後の流れ
5-1.「年次報告書」と「継続届出書」の提出期限
先代経営者(贈与者)に相続が発生し、切替確認を行った場合でも経営承継期間は、そのまま引き継がれるため、相続発生時期に関わらず、当初の贈与の時のスケジュール
により年次報告書と継続届出書を引き続き提出することとなります。
5-2.猶予された贈与税・相続税について
ここでは猶予された贈与税・相続税の行方について解説します。
事業承継税制は、非課税の制度ではなく、あくまでも「納税の猶予」の制度であることを、ここまで説明してきました。
この猶予された税金は、最終的にどのような場合に免除となるのでしょうか。
主に次の事由により免除となります。
- 後継者が死亡した場合
- 経営承継期間内に後継者が、身体障害等やむを得ない理由により次の後継者(三代目)に贈与した場合
- 経営承継期間の末日の翌日以後に、次の後継者(三代目)に贈与をした場合
(一般措置・特例措置ともに適用可能で、従前の手続きを再度行います。) - 経営承継期間の末日の翌日以後に、会社が破産手続き開始の決定を受けた場合
- その他一定の事由など
一般的には、「①後継者の死亡」または「③次の後継者(三代目)への事業承継手続き」により免除となります。
まとめ
ここまで事業承継税制の特例措置について解説してきましたが、どのように感じられたでしょうか。
今回は、先代経営者(贈与者)から後継者へ「贈与」を行い、その後先代経営者が死亡した場合を前提に解説しましたが、その手続きの多さとタイトなスケジュールにびっくりされた方も多いと思います。
さらに、例えば「贈与」した後、先代経営者より後継者が先に死亡してしまった場合や先代経営者(贈与者)の妻や親族からも贈与を受ける場合などの事も想定すると、その手続きはもっと大変なものになります。
いずれかの手続きを失念してしまうことはもちろん、各種手続きの期限や記載内容のミスにより、猶予されていた贈与税(相続税)を支払うことになってしまう可能性があり、これが「非上場株式等の納税猶予または免除の特例(特例措置)」の活用の最大のリスクであるといえるでしょう。
事業承継税制の特例措置を検討する場合は、慎重に時間をかけて信頼できる税理士などの専門家と二人三脚で歩む必要があります。
監修者

税理士法人根本税理士事務所根本 淳一(ねもと じゅんいち)
下町エリア独特の細かい土地の評価を得意とする一方、遺産規模10億円をこえる大型案件も実績あり。
不動産オーナー様からの相談実績は年間100件以上。
不動産の売却に係る特例の申告はすべて経験。